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機関誌「しんしょうだより」

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「やってみると意外とできるもの」

 

新谷(しんたに)卓也(たくや)

 

今からちょうど20年前、あの日のことは今でも忘れません。 幼少の頃に発症し、私の人生を狂わせた「吃音(きつおん)」による苦悩を初めて母に相談した日。 青春時代、人生をエンジョイできず、そして未来への不安から、一人で絶望の日々を過ごしていました。 そして、自分は吃音があったら何もできない。就職も結婚も。だから、卒業間近だった学校を辞め、まずは吃音を治したい、決死の思いで母に伝えました。 それを聞いた母から言われた言葉。 「やる前からできない、その考え方を変えないと何も変わらないよ。」 その瞬間、全身に雷が走るほどの衝撃(しょうげき)を受け、大切なことに気づかされました。全てを吃音のせいにしていた自分。やりたいことから逃げていた自分。そして、みるみる熱い何かが湧(わ)き起こってきました。 悪いのは自分の弱い気持ちだったんだ。生まれて初めて「自分を変えたい!」と前向きな気持ちになれました。 それからは、いろんなことに挑戦(ちょうせん)するようになりました。アルバイト、就職、そして音楽活動。 青春時代、周囲でいろんなことを楽しむ人たちが羨ましくてたまりませんでした。特に音楽活動は、バンドをしよう、仲間に入れて欲しい、が言えませんでした。ずっと後悔していたことでした。 社会人にはなれたけど、次第に自分のやりたいこと、挑戦するべきことと向き合っていないことに気付きました。 それが音楽活動でした。人前に出るということは、喋らなければいけない。その恐怖でずっと尻込みしていました。 勇気を出し、人生初のライブをしたのは2004年1月、26歳の時です。ずいぶん時間がかかりました。 それからは定期的に音楽活動を続けています。結婚もし、子供にも恵まれました。以前、できないと思っていたことも、やってみれば意外とできることばかりでした。 もちろん失敗もつきものです。それで落ち込むことも日常茶飯事。 今はまだ子供が小さくて、思うようには活動はできてないですが、もう少し時間が経ち、動けるようになったら、自分のこうした経験を元に作った曲をいろんな方に聴いてもらいたいです。

 

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