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機関誌「しんしょうだより」

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生きがい

車イスの僕が結婚してわかった僕の本音。

寺田ユースケ 

 「車イス押してくれませんかー?寺田家TV ユースケです!」

 元気よく挨拶をする僕、笑顔でカメラを回す妻、僕ら夫婦はYouTuberになった。チャンネル名はその名の通り『寺田家TV』、車イス生活を夫婦で明るく楽しく毎日配信している。

 

 僕は生まれつきの脳性麻痺で足が不自由。19歳までは足を引きずっての生活。思春期には恋愛も上手くいかず自分が嫌いだった。20歳で車イスに出会い『移動』が出来るようになり自分の姿も好きになった。車イスは『かぼちゃの馬車』のようで僕の人生を変えてくれた。

 

 僕の挑戦が始まった。単身英国留学、車イス芸人、新宿歌舞伎町で車イスホスト、そして自ら企画した「車イス押してくれませんか?」と、出会った方々に車イスを押してもらって日本全国を旅する『車イスヒッチハイクの旅』。僕はとにかく有名になりたかった。でもなぜだかわからないままだった。自分が載っている記事を読むと「気軽な助け合いを広めたい!」「車イスの子に勇気を!」そんな言葉が並ぶ。嘘ではない。でも自分の心の底から発している言葉ではないような感じがして悩んでいた。

 

 妻と出会い結婚した。妻は僕の最大の理解者となってくれ、救世主だった。

 

 結婚してから改めて頑張るぞとなった時に、僕はどこに向かえばいいのかわからなくなっていた。はじめて自分の本音に気がついた。なぜ有名になりたかったのか、それは富・名声・力があれば障がいのある僕でも隣にいてくれる女性と出逢えるのではないか。そう気張って生きていたんだ。僕の原動力は、世のため人のためでもなくて、自分がモテたかったからだった。僕が目指していた場所は幻だったと妻に気が付かせてもらった。

 

 肩の力が抜けてから、改めて僕らに何が出来るのかと始めたのがYouTube「寺田家TV」。僕らが一生懸命に人生を楽しんで、車イスの子、挑戦をしたい人たちの後押しが出来る存在になれたら嬉しい。

 

 昔の僕と同じようにもがいている人が肩の力を抜いて頑張れる日が来るように。

撮影の様子の写真
寺田ユースケさんご夫妻の写真

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