えっ!自転車に乗れるようになると?
永松 玲子(ながまつ れいこ)
※サリドマイドの薬害のため、両肩から数本の指が少し出ていて、左目は失明し、右目も眼球振動があり弱視(近づけば人がいるか識別できる)
九州(きゅうしゅう)歯科大(しかだい)から足立(あだち)学園(がくえん)に戻り、前回の喉(のど)の手術では治らなかった「さ」行と「か」行の発音の訓練をしました。手術前の「おああはん」から「お母さん」と言えるようになった時、訓練の先生や看護師、ドクター達から「玲子ちゃん、声がきれいになったね、言葉もよく分かるようになったよ。良かったね」と言われました。私が話す言葉がみんなにきちんと伝わっていることが分かると涙が出るほど嬉(うれ)しかったです。
それともう一つ、手術をする前は食事をするたびに、喉の奥の変な所に食べ物が入り、いつも息ができなくて苦しい思いをし、食事が嫌になっていたのですが、ふと気が付くと、まったく苦しくなくなっていました。これは私にとって最高の喜びで、「またご飯を食べると?さっき食べたやん」と言わなくてよくなったのです。
食事をすることが楽しくなり、後はもう少し訓練を行い、右手が上手に使えるようになればおうちに帰れる。その一心で、右手で食事ができるように訓練を頑張りました。
ある日、園長先生から、「玲子ちゃん、今度は両手が使えるように別の所で訓練をすることになったよ」「ここは専門じゃないから専門の所に行くよ」と言われました。その時私は、九州歯科大に連れていかれた事を思い出し、「ああ、またおうちに帰れないんだ」と思いました。
「先生、今度はどこに行くと?」と聞くと、「今度はちょっと遠いよ。でもその訓練が上手になったらご飯も手で食べられるし、いちいち足を上げて食べんでいいし、もしかしたら自転車にも乗れるようになるかも」と言われました。
「えっ!自転車に乗れるようになると?」
私は、その言葉を聞くと、俄然(がぜん)行く気満々になりました。当時の私は自転車に乗ることに憧(あこが)れていて、少し遠い所で訓練を頑張ったら自転車に乗れる、そう思っていました。
「わぁ、かっこいいなぁ。風を切って走るんだぁ。すごい!すごい!お父さんやお母さん、妹に見てもらうんだ。そしてお父さん達が休みの日には、みんなでサイクリングをするんだ。」と夢は大きく膨(ふく)らみ、その日を待ちわびました。
訓練の場所が、まさかあんなに遠い場所とは思いもせずに。